台風19号の災害にともない、
佐久穂町の今年2度めの自衛隊派遣が行われた。
1度目は佐久穂町筆岩地区の山火事。
ヘリによる上空からの消火という形で支援してもらった。
そして、今回・・・。
自衛隊のみなさんはそれぞれの仕事をおえ、
11月1日にお風呂の施設を運営してくれた部隊を最後に、
全員が撤収することになる。
それ以前にも、大型土のうを敷設して、
河川によって崩落した道路などの応急処置を行ってくれた部隊や、
河川の流木の処理をしてくれた部隊が、
すでに撤収している。
本当に感謝の言葉もないぐらいだ。
撤収に際しては、
海瀬保育園の園児や茂来館に来ていた中学生なども
見送りをしてくれた。
今回の災害を目の当たりにして思う。
自衛隊という名前や立場は脇においておいて、
彼らは日本の国には絶対に必要な存在だ。
災害が非常に多い日本にとって、
唯一無二の存在とも言える。
中学生のころ、公民の学習で、
公つまり公務員が行う仕事は、
絶対に必要だが、
経済原理によってそれが左右されてはいけない仕事である。
ということを学んだ。
簡単に言うと公共性のある仕事なのだろうが、
公共性はもちろんのことだが、
こういった危険を伴う被災処理などは、
被災された方々にとっては経済原理に動かされては、
たまったもんじゃないわけで・・・
そういった意味でも自衛隊のみなさんの存在というのは、
日本にとってとてつもなくでかいものであると、
今回感じずにはいられなかった。
自衛隊については、
その存在や自衛権の問題、
そして最近では憲法改正論議にまで話が及んでいるが、
もはや、そこに存在して、
日本国民のために活動しているという実績は隠せようがない。
被災ということでいうならば、
話し合いをすることを拒否し、
暴力に訴えてくるような国家が、
日本に攻撃をしかけてくるならば、
それは被災・・・人災ではあるが、
とてつもなく大きな被災であると言えるのではないか。
そうなるとそれを防ぐことは、
なんら今回のことと日本国民を守りたいという思いに、
違いがないのではないだろうかと思う。
親として教育者として、
子どもたちが人を殺すようなことは
絶対にさせたくはない。
だが、
自衛隊が世界に出ていく中で、
自衛隊員が自分の体を盾にするしかないような、
法律や制約がある中で活動を強要するというのは、
人を殺させたくないと思うのと同じぐらい、
心苦しく切ない思いがする。
悪いのは彼らの存在ではない。
シビリアンコントロールという言葉が当たり前の今、
彼らをコントロールするのは、
民主主義である日本にとっては、
われわれ国民が選んだ代表者たちである。
綺麗事だと言われるかもしれないが、
われわれ国民が悪いか悪くないかということだ。
われわれ国民がそれをコントロールする
意志と自信があるかないかということではないのか?
自分の目の前の利益のための自分のもつ1票を使うことを、
私は否定しない。
それが権利ってもんだ。
だが、その権利を行使したからには、
その行使した責任は受け止めるだけの覚悟をすべきだ・・・
と、私は思っているし、
それを子どもたちに伝えていかなければならないと思っている。
八千穂バレーボール閉会式来賓参加まであと8日

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