1月27日に、
第3回佐久穂町子ども・子育て審議会に参加。
これが最終回になる。
令和2年度から令和6年度に利用される、
子ども・子育て支援計画の策定にあたり、
町長に答申を上げるための審議会だ。
この支援計画は5年に1回策定される。
佐久穂町の人口推移は周知のことだが厳しい。
子どもが減っていくのも、
現状では止められるとも思えない。
そんな中で、様々な角度から、
子どもおよび子育て世代への支援をするため、
支援計画には120ほどの事業が明記されている。
AがBに優しくされた時、
BもAに優しくなれる・・・
と、私は思っていたし、今でも思っている。
私の行動原理のひとつである。
ところが、
AとBのどちらかが個人ではなかった場合、
例えば、公の機関であったり、学校であったり、
ある特定の役割を持つ人であったりすると、
この原理は時としてあらぬ方向へ暴走する。
そんな場面をここ数年、
見る機会が増えてきてしまった。
当たり前!
という根拠のない思い込みがそれを助長している。
120もの事業を行おうとしている佐久穂町は、
それはそれで素晴らしいことだとは思うが、
そのため、
当たり前!を助長している一面があることは否定できない。
朝三暮四という言葉がある。
猿の餌を減らさなければならない状況で、
朝3つ、夜4つにすると言うと猿は怒り出す。
そこで朝4つ、夜3つにすると言うと、
猿は納得して喜ぶ。
結局同じなのにね?愚かだね、
もしくはそうやって人を騙す・・・
っていう四字熟語。
これはこれで意味のある言葉だ。
でも、猿は餌をもらえるということに関しては、
何も感じないのだろうか?
何を持って怒りを表面化しているのだろうか?
などと、
つい思いを馳せてしまった。
人権フェスティバルin佐久穂まであと5日

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