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誰もが反対しない価値へのいざない?

11月20日、

11月の全員協議会が開かれた。

 

過日、USBメモリの紛失があった佐久穂庁舎だが、

それに対応するためのセキュリティ強化の概要説明があった。

基本的には、

就業時間以外の施錠の徹底、

情報セキュリティポリシーの徹底、

庁舎のセキュリティ対策のさらなる強化、

となっている。

 

こうなると当然ながら、

電子ロック付きの施錠システムや、

カードキーによる認証などの、

デジタル的な対応を迫られるようになる。

 

自動的に、

それらの設置にはお金がかかるわけだから、

予算をつけなければならない。

しかも急を要するたぐいのものだし、

そんなの無駄遣いだ!と言えるものではまったくない。

むしろ、今までその余地を残していること・・・

そのものにすら批判が向けられることだともいえる。

だから当然、その予算はつけられるべきだ。

 

ここ最近の資本主義社会はよくできていて、

苦しい思いをして出費の削減をしても、

つぎからつぎへと新しい支出が浮かび上がる。

それは、どうでもよい支出などはひとつもなく、

どうでもよい・・・と思えるものであっても、

その価値をあげるような印象操作の結果として、

だれもがどうでもよいといえなくなってしまう環境ができあがる。

 

結局、必要だからと、

苦しい思いをしながらその支出を捻出すると・・・

その一方でそれらは新しいビジネスチャンスとなって、

新しい事業をおこなう企業にそれらのお金は収められるわけだ。

 

資本主義というのは、

政治によってなされる経済統制よりも、

営利目的の企業などによって経済がコントロールされている

そういった経済の、ひいては政治的システムであるといえる。

そして、その仲介媒体である貨幣が、

それらを計る指標と位置づけられているシステムであるといえる。

 

その成長は、以前はものを生み出すことで担保されていた。

いよいよものが生み出しにくくなってきてサービスを提供することで、

その成長はなんとか崩れずに維持してきた。

しかしそのあり様は限界を迎えつつあって、

いよいよ資本主義はそれらの価値の創造を、

ヒューマニズムや道徳心に訴える形で、

印象操作をおこなうことによって、

システムを維持する段階に入ってきたように思えてならない。

 

これは資本主義の末期を示す現象なのか?

それとも、新しい世界に進むための前段階なのか・・・。

できれば後者であってほしいと、

新しい世界の夜明けであってほしいと望むばかりである。

本日、11月全員協議会

 

 

 

 

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