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公正世界仮説と日本の道徳と世界の中の日本!

せっかく前記事で認知バイアスに少し触れたので、

もうひとつぐらい認知バイアスにかかわる話に触れたい。

それは、公正世界仮説というものだ。

 

公正世界仮説というのは、

認知バイアスのひとつで、

人間の行いに対して公正な結果が返ってくるものである

という、思い込みのことである。

 

正義は勝つ

やさしさは人類を救う

話せばわかる

困っていれば誰か助けてくれる

などの教育的文言のほとんどは、

この公正世界仮説の範疇にあると私は思う。

特に日本の教育はその道徳的中心をそこに持っていきがちだ。

だが、それは決して正しい世界的価値観ではない。

 

ひどいこと言っていると思われるかもしれないが、

自分自身が上記の文言を個々人の理念として本人が思っている分では、

それはすばらしいことであると思うし尊敬もする。

私は勝って正義を証明する

人類を救うためにやさしくする

わかってもらうように話をする

誰かを率先して助ける

といった、

自分がこうありたいという自己実現の目標としてだ。

 

問題なのは、それを他者が道徳として強要するところだ。

正義こそ最上なのだ

やさしさは君の意思より優先する

暴力に対して決して対抗してはいけない

君は私を助けなければならない

といった価値の押し付けにより結局得をしているのは、

その価値観を押し付けた側であることに、

早い時期の教育課程から認識できるようにしなければならない。

 

きっと昔の日本は自分を律するために、

さまざまな価値が生み出されたのではないかと思う。

しかもその価値観は不安定なもので、

千変万化・万物流転ぐらいなものであったに違いない。

ところが江戸時代ぐらいから、

統制するための道徳が道具として効果的に利用され始めた。

・・・戦後の日本はどうであろうか?

いつのまにか実行力の有無を問わない価値観だけが、

ひとり歩きしてやしないか?

ひとり歩きしているかのように誘導されてはいないか?

 

世界の国々は日本の価値観など道具としてしか見ていない。

それぞれの国がいずれ得をするような、

そうなるように日本の価値観というものを利用するとして、

利用しがいのある効果的な道具に成り下がっていないことを祈る。

日本の北も北西も西も同盟国である東も、

なんとしても日本が力をつけることを避けたい

というのが本音ではないか?

 

すでに日本の経済力の衰退は実感するところ。

しかも軍事力に関しては0に等しい。

情報力やサイバーについても支えるハードも人材も日本には・・・

精神で物質を駆逐する魔法使いがいる世界線であれば、

話は別だが、現実はそうではない。

そんな中で、日本が陥っている公平世界仮説。

現実はそれほど甘くない。

チカラのない価値観は他者には甘い汁で、

価値観のないチカラは他者には毒で、

日本はその両要素を持ち合わせている稀有な存在なのだ。

 

・・・あくまでも個人的な世界の見方の話。

 

12月定例会開会まであと4日

 

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