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謝罪の役割は許されることではない!

佐久穂町青少年育成協議会の総会が開かれた。

 

佐久穂町青少年育成協議会は、

各団体から参加をしてもらいながら、

しかも予算を持たない団体として存在している。

佐久穂町議会議員の充て職として、

私が会長を務めているものの、

あくまでも団体の集合体としての代表でしかない。

 

所属する団体を列挙すると、

佐久穂町議会

人生児童委員協議会

保護司会

更生保護女性会

佐久少年警察ボランティア協会

人権擁護委員

こどもセンター

社会教育委員

スポーツ推進委員

スポーツ協会

交通安全協会

防犯指導委員会

防犯女性部

高野町・海瀬・大日向・八千穂駐在所

保育園保護者会

佐久穂小学校およびPTA

佐久穂中学校およびPTA

さわやか佐久穂町ネットワーク

佐久穂町公民館

といった感じになる。

 

各団体から令和2年度の活動内容を聞き、

令和3年度の活動予定を聞く。

そのあと、駐在所から、

現在の青少年の犯罪などに関する話を聞いた。

 

駐在所からの話の中で興味深いというか、

案外知らないというか、

少なくとも私は知らなかったが・・・

例えば、青少年がタバコを吸ったとする。

私としては、当の本人がルールを破っているということなのだが、

どうやら警察の世界というか・・・では、

その場合、少年は被害者ということになるらしい。

加害者というか被疑者というかは、

保護者やそれを販売した店舗ということになるようだ。

なかなか難しい解釈であろうとは思う。

 

私は教育現場や子育てにおいて、

子どもたちにいつも言い聞かせていることがある。

それは、

子どもだからできないことはあるが、

子どもだからといって許されることはひとつもない!

というものだ。

 

それぞれの考え方はあるだろうし、

言葉は解釈の仕方によって千差万別なので、

そこを争う気はサラサラないし、

あくまでも私の教育方針というだけに過ぎないので、

そこはご容赦願いたいが・・・

許されたと判断するのは、過ちを犯した本人ではない。

許すのはあくまでも被害を受けたがわの話で、

許されたからといって無罪放免、

罪が綺麗サッパリ消えるわけでもないし、

過ちを犯した本人がそう思ってはいけないと私は思う。

 

ごめんなさい・・・と謝罪の気持ちを表に出すことは重要だが、

昨今の子どもたちは、

その教育的環境のせいか、

許される儀式として形骸化している行為に思えてならない。

しまいには、

謝っているのに許してくれない!って怒り出す人もいる。

許してくれるかどうかは、

謝るという行為そのものには本質的に関わりがないことなのだ。

そのあたりを、

もう一度、保護者や教育者は改めて考え直さなければならない。

 

形式は楽だ。

人類が発明したものの中で最も人類を楽にしてくれるものかもしれない。

あいさつもそうだし、

習慣もそうだ。

大きいククリでいえば文化もそうかもしれない。

ただ、その形式が完全なる是であると、

勘違いする輩はどこにでもいる。

しかも、楽だからそれを是としているのだろうに、

その正当性を激しく主張する人は後をたたない。

こんな状況下で、

果たして子どもたちは自分を背負って立つだけの、

何かを身につけられるのだろうか?

青少年の育成に関わる身として、

自戒の意味もこめて改めて考えなければならない。

 

本日、青少年育成協議会総会開催

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