12月8日に一般質問1日目が行われた。
いつもの一般質問を元にした記事。
一般質問で取り扱われた内容について、
私個人の見解を書くだけのなので、
それぞれの議員がどんな意図でどのような質問をしたのかは、
各議員に問い合わせてもらいたい。
今回は1日目後半の午後2人分について。
農業振興についての質問があった。
質問者は佐久穂町の農業活性化について問うていたし、
それは至極重要なことだが、
今回はその現実的な話ではない話をする。
あくまでも私の雑感なのだ。
正直なところ現在の農業というテーマは実に難しい。
資本主義経済下で儲かる農業というのは、
単価の高い作物に特化させるニッチな農業をするか、
穀物や野菜など大量消費される作物の大規模経営が
必要になってくるからだ。
カール・マルクスが著した『資本論』。
労働者階級の時代を予見した社会主義・共産主義の本。
著書の主張や内容はともあれ、
これが現実化した結果が、
ソビエトや中国共産党だというならば、
小説ではないけれども、
現実は小説より奇なり・・・を地でいっている。
その時代の人が想像する以上に
変化は多様性に富んでいて、その幅は大きい。
一方で資本主義の根本的な著作として、
名前だけは中学でも学習するアダム・スミスの『国富論』。
余剰生産物による分業への発展、貿易などに話が広がり、
更には国家の経済政策にまで及んでいる。
そんな中で、農業は、
アダム・スミス本人としても不本意だったかもしれないが
どうしても外して考えられない要素であったに違いない。
管子でいうところの
倉廩実つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る。
ということに近いかもしれない。
これは、衣食足りて礼節を知るの語源でもある。
そして、今、
礼節を知った人は食事が出てくるのが当たり前と思って、
礼節とはどんなものかを食事が満たされない中でさえも、
熱く熱く議論を交わしている・・・といった皮肉も、
近いうちに起こるかもしれない。
日本は戦後、農地改革によって、
衣食が足るか?という根本的な問題点に戻ってしまった。
これは当然、悪いことではないし、
多くの小作人であった農民を救う政策となりえたし、
おそらくその後の日本の発展を支える基盤になったであろうことは、
疑う余地はない。
だが、現在、農地が放置されているという状況を、
当時の誰が想像したであろうか・・・。
そういった意味では、アダム・スミスの『国富論』は、
いよいよ違和感を感じていた農業から足元をすくわれることになるかもしれない。
大風呂敷な話になってしまった。
佐久穂町に話を戻すと、
なかなか農業振興は進まない様子だが、
それでもトップセールスを実施している果樹栽培や、
地域おこし協力隊を入れている酪農など、
振興の芽はあるという状況なので、そこに期待したい。
次に介護の問題についての質問があった。
もはや今、介護の問題は、お金にとどまってはいない。
老老介護・認認介護・老障介護なんて言葉も言われるし、
2040問題や8050問題なんてことも言われる。
孤独死とか孤立死とかも・・・。
制度を整えたからといっても、
それを支える側の人が高齢化してしまってはどうしようもない。
どこもかしこも、
適正な能力を発揮できるという条件下では人手不足なのだ。
そういった波は、佐久穂町にも当然来ていて、
高齢者の施設もそれほど余裕がある状態ではないという。
このあたりも、医療が進歩したためにおきた、
予想できない未来の1つの形であるといえる。
私が生まれたころ、つまり約50年前、
誰が老老介護が普通になってくると予想したであろうか?
いや、そこが予測できたとしても、
認認介護や老障介護などは思いもよらぬことだったに違いない。
だからこそ、対処療法ではあるものの、
私達40代、その上の50代60代は、
健康な体を少しでも長く保つように工夫をし、
介護が必要な状況に、
できるだけ高齢でなるようにしていかなければならない。
そういった活動の重要性が、
じわりじわりと我々を包んでいっているのだ。
とはいえ、
自分の体については、なんともかんとも・・・。
高血圧の上、この間の健康診断で、尿に糖がでたらしい。
うむむ。
改めて病院にいって検査をすることになるが、
やはり自分の体を良好に保つための活動というのは、
私にはなかなかデキないのだと・・・残念に思う。
本日、経済福祉常任委員会審議傍聴

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