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保護者のプロでありたい!

10月27日の信濃毎日新聞に、

佐久穂町の保育園で、

保育士が園児をたたくということがあって、

不適切な指導をしていたということで、

佐久穂町の教育委員会が保護者説明会で、

謝罪したという記事が載っていた。

もちろん佐久穂町議会議員として、

佐久穂町教育委員会から説明をすでに受けている。

 

不適切な指導というのは絶対ダメ。

それは言及するまでもない。

 

ただ、絶対ダメなものをダメと断ずることと、

よりよい方向へと動いていくということは、

全く別物であるということを、

保護者である我々は肝に命じなければならない。

まぁ、こういう話し方をすると、

すぐに数学の集合の学習のように、

AかnotAかという話に持ち込んで、

自分の主張を通すようなソフィスト的議論を展開する人がいるが、

そんな自己顕示欲を満足させる行為に付き合ってはいられない。

 

教育業界に長いこと身をおいていて、

学校教育や幼児教育が担う役割の拡張にはなはだ疑問を感じる。

子どもたちの教育の担い手は誰か・・・ということだ。

国・県・市町村・地域・親・家族・学校・幼稚園・保育園・・・

様々にその担当があるやに思うが、

気がつけば、学校や幼稚園・保育園にそのウエイトがいきすぎている気がする。

 

あえて保護者の立場から自戒の念をこめて言う。

学校教育や幼児教育を非難できるほど、

保護者による家庭教育は充実しているか?

 

気が付かない人もいるかも知れない。

今の教育的な風潮が今後進んでいくと、

結局、子どもの教育の差は、

家庭教育によってついていくということになるのだ。

学校や幼稚園、ましてや保育園などは、

何かを獲得する場所から単に安全に過ごす場所へと変化しつつある。

無理はしない、やなことはさせない、

好きなことを止めない・・・ではそうならざるを得ない。

そんな状態で、

本当に私達が期待する子どもの成長が獲得できるのだろうか?

 

私達がつくってきた教育的風潮・・・

教育機関にクレームをつけたり、

自分の子どもだけ特別扱いさせようとしたり、

自分の子どもだけがストレスフリーになるようにしたり、

そういう保護者のエゴによって、

今の教育環境が形成されてきたのであって、

それ自体は悪いことだと思わないが、

それによって作られてきた教育的風潮を、

我々保護者は責任をもって受け止めねばならない。

 

そう、保護者による家庭教育が、

その責任を負わねばならないところまで来てしまっているのだ。

つまり、我々保護者が教育者に対し、

プロであることを要求するのと同じ度合いで同じように、

我々保護者自身が、

保護者のプロであることが問われる時代になってしまったのだ。

 

一人ひとりの保護者が、

家庭教育のプロとして子どもの教育に当たることで、

子どもの教育に差が生まれ、

子どもの人生の幅に差が生まれていく・・・。

これが教育格差の一端であると言うなら、

それを作り出しているのは、

実は社会などではなく、

我々保護者であるということを自覚しなければならない。

 

いつしか保護者である我々は、

家庭でできないことを教育機関にフォローしてもらう気持ちから、

親が自分でできないことを教育機関に押し付けるという、

羞恥心に羽が生えて飛んでいってしまったかのような態度へと、

変貌を遂げつつあるのではないか?

そんな態度だから、

親の他罰傾向を子どもがしっかりと受け継いでしまって、

すぐ人のせいにして、

自分を変えていこうとしない子どもになってしまうのではないか?

よく言うところの、

子どもは親の思ったようにならない、やったようになる

というやつだ。

 

見返すべきは他者による教育的関わりではなく、

まずは自分自身の親としての家庭教育、

そして、人としての自分のあり方そのものではないか?

 

少なくとも私は常にそう思っていたいし、

そう思うことで自分の子どもに、

人としてのあり様を示していきたいと思う。

他人と過去は変えられない。

変えられるのは自分と未来だけなのだから。

 

佐久平環境衛生組合議会定例会まであと5日

 

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