夏休みのプールは、
私の子どものころからゴクゴク当たり前の行事だった。
私は愛知県の豊明市立中央小学校で、
小学生時代を過ごしたのだが、
記憶が正しければ、
学校プールに行ってひたすら遊んでいたような気がする。
・・・もしかしたら、
楽しい部分の記憶しか残ってないのかもしれないが。
コロナ禍になり、
いや、それ以前からも小学校のプール開放は、
少しずつ状況を変化させてきたといえる。
まず、プール開放における
子どもの言うところの自由時間が減った気がする。
楽しく遊ぶ時間が減ったといえばそうかも知れないが、
それはあくまでも子ども目線の話。
子どもの言うところ・・・ではなく、
教員の言うところの
事故発生確率が格段に上がる時間が減少したとも言える。
子どもは相手を無理やり沈めたり、
偶然か故意かを問わず、ケリを食らわしたり・・・する。
そんな危険性が急上昇している状態で、
しかも多くの子どもたちが入り乱れている中で、
万が一の事故が起きた場合、
救助が遅れることは、それこそ致命的だといえる。
とはいえ、自由時間を減らしていくといっても、
その万が一に対応として最良であるというわけにはいかないので、
今度は監視を増やすという方法をとることになる。
それが保護者によるプール当番という形になってあらわれる。
現在の佐久穂小学校の場合は、
PTA活動の中で、施設厚生部管轄のもと、
3年生の保護者を中心にプール当番を回している。
このあたりは学校によって状況が異なるが、
できるかぎり救命救急講習を受講して、
プール当番をするという方向になってきているようだ。
一方で、プール開放についての連絡などについても、
進化・・・といっていいのだろうか?・・・が見られる。
スマートフォンの普及により、
佐久穂小学校の場合はオクレンジャーというシステムを使用しているが、
そういった連絡手段の発達により、
情報がわれわれ保護者に伝わりやすい状況が日常化してきた。
この日常化は便利になったと同時に、
自己判断という機能を低下させるだけでなく、
責任転嫁という減少の温床ともなっている気がする。
つまり、判断を他に委ねる・・・だけならまだよいのだが、
後出しジャンケンで文句・・・そうまさにただの文句を
いかにも自分が正論を主張しているかのように言う人が、
ママ見られるようになってきた気がする。
それは、ちょっと気を抜けば、
私とて例外ではない。
今日、息子2人は土砂降りの中、
傘をさして、小学校のプール開放に出かけた。
学校から中止の連絡がなかったからだ。
とはいえ、
それでも多くの保護者や児童本人が、
雨だから参加しないという判断をしたに違いない。
それはそれでいいが、
中には、というより結構多くの人が、
自分の不参加の判断と
学校の連絡がないことによる決行の判断との間で、
モヤモヤしながら揺れ動いたに違いない。
たまたま私は、
学校のプール開放の判断基準が
気温・水温・雷雨であることを理解していたので、
そのモヤモヤに襲われることは少なく、
子どもに注意喚起をして送り出すことができた。
回数の少ないプール開放を雨天ぐらいで中止にするのは・・・
という教員側の気持ちも十分に理解できるし、
連絡手段の発達によって、
明確な判断を伝達せねばならない責任から、
その判断はいつも時間との競争になってしまって、
かつ、判断が外れたときの後出しジャンケン的な非難の対応も考えると、
どうしても決断に踏み切れない状況であることも理解できる。
ただ、それは、
先の判断基準も含めて、それを理解してくれている人は、
残念なことに、それほど多くはない。
ある小学校では26日のすごく晴れた日。
気温上昇を見込んでいち早くプール開放の中止を決定したという。
これに対して、
ただの残念だったという思いを言うにとどまらず、
不平不満の声をまるで正解者であるかのように
自己主張の道具にする人がいる。
でも、そういった不平不満を大きな声で言う人たちはほど、
そのプール開放を決行して、
児童が熱中症を発症したとしたら・・・
それぐらいの犠牲は仕方がない!
とは口が裂けても言わず、
気温が上がることがわかっていてなぜ中止にしなかったのか!
と、その決行の判断を非難するのではないだろうか?
映画評論家が映画監督をやって、
その映画が大ヒットした事例を私は知らない。
漫画やアニメの内容を批判している人が、
売れる漫画や人気のあるアニメに関わっている事例を、
私はそれほど知らない。
そのような状況であっても、
判断を積み重ねつつ、何かを作り出している人を、
私は尊敬する。
ただただ、学校の教員が、
不平不満を浴びることを覚悟の上で、
なんらかの判断をしていることに敬意を表したい。
だから、できるなら独断にならないように、
保護者や有識者がその判断を支えてあげれる体制が、
そこに生まれるように尽力していきたい。

コメント