1923年9月1日におこった関東大震災にちなんで防災の日が設定され、
毎年、9月1日付近、
今年は9月3日の日曜日に地域の避難訓練が行われた。
私が知っている災害といえば、
1995年1月17日阪神淡路大震災や、
2011年3月11日東北地方太平洋沖地震などの地震。
さすがに地震は名称も露出が多くてよく覚えている。
洪水の被害や土砂災害などもいくつもあったのを覚えている。
だけどやっぱり、ほとんどがニュース。
1つだけ実感があった災害がある。
それが2004年10月3日の新潟県中越地震。
マグニチュード6.8、最大震度7。
この時、私は須坂にある信学会ゼミナールで土曜特訓という授業をしていた。
須坂市は長野県の北部にあり、
新潟県中越地震の揺れをおおきく感じた。
震度にして4ぐらいじゃなかったかと記憶している。
問題なのは、50人近くの生徒が授業中で、
私は、その生徒たちに対する安全の責任をもっていたこと・・・。
だから、余計に記憶に鮮明だ。
18時から20時の間、ちょうど授業の時間にかぶって何度も揺れた。
生徒たちは不安になるし、同じ職場の職員も不安の色を隠せない。
震源地が新潟県であることや、
この地震によって、電車の不通がないことを確認した上で、
本部に連絡をして、
順次、安全な方法で帰宅を促すという手段をとった。
おそらく、一番無難な判断だったと今でも思ってはいる。
いるが・・・
それはその方法による被害者が出なかったという事実にものに過ぎない。
どういった選択肢をとったとしても、
やはり被災するあらゆる可能性が0になることはない。
私にとってこの経験は、
判断というものの重さと判断をしないということの無益さを
実感させられたものだった。
さて、9月3日の避難訓練。
放送が5:50になり、区長による避難放送が5:55ぐらいになる。
そこから、家族の安否を確認し、
徒歩で川久保集落センターへ向かう。
子どもの歩く速度で約10分。
川久保集落センターではすでに、
消防団による消火訓練に移ろうとしていた。
現実的な問題として、私の家からだと
かさなり団地集落センターのほうが近い。
現実的に、子どもをつれて避難しなければならない状況になった場合、
私はどちらに逃げ込むのだろうか・・・。
判断が難しいところだ。
せっぱつまればつまるほど・・・。
そういった意味では、こういう避難訓練の必要性ということを再認識。
それは、
こうやればいい!
という訓練ではなく、個々人が個々人の状況に合わせてシュミレートする・・・
つまり、
どうやればいい?
という機会にすること。
数日前のJアラートも同様。
その上で、こうやればいい!を上書きしていく。
だから避難訓練や防災訓練は馬鹿にならない。
万が一というのは、経験不足が最大の敵。
だからシュミレートすることにより経験不足を補完する。
あらためて価値を再確認できた避難訓練であった。

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