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集団とマンパワーと自己責任?

なったことがないので詳しくわからないが、

国会議員はきっと国会議員としての研修が行われている。

当然、国会というのは東京にあるので、

きっと東京でそういった研修が開催されているに違いない。

また、超党派の目的別のグループもあるだろうし、

その勉強会についても、

選択に困るぐらいは開催されているだろう。

 

県議会議員もそれを超える状況ではないにせよ、

きっと及ばざるが如しであろうと思う。

もちろん政党に所属していれば、

その政党で研修が行われているだろうし、

政党内外問わず、会派に所属しさえすれば、

会派主催の研修や意見交換会があるだろう。

県議会議員ともなれば、

民間団体の勉強会などにも、

呼ばれる機会が多くあるに違いない。

 

おそらく市議会議員などもそれに準ずる状況ではないか?

議員の人数が多い議会であればあるほど、

会派やグループができていて、

そこが研修や勉強会を開催し、

それと同時に年代的なタテのつながりも、

きっと生み出されているだろうと思う。

 

ところが、町村議会議員、

もしくは数の少ない市議会議員は、

その機会が著しく少なく、

タテのつながりのシステムも著しく弱いと感じる。

 

単純でかつ極端な学生の部活動の例で考えると、

各学年20人ずつ、計60人いるA部、

各学年3人ずつ、計9人いるB部、

3年生1人、1年生1人の計2人のC部・・・

A部は全員がレギュラーになれるわけもなく、

しかも下の学年は自分の出番まで2年を待たなければならない。

だが、部活動自体は安泰で活気があり競争がありそうだ。

B部は、3年生の3人が各々対立してしまったら、

きっと部の存続が危うくなる。

2年生は一刻も早く3年生が引退してくれないか・・・

と、願いながら毎日の部活動をすることになるかもしれない。

このあたりになると、

世代間対立や同世代の確執などが、

部全体の運営に大きな影響を与えることになる。

上下の関係もプラス効果よりもマイナスのリスクが顕現しやすく思う。

C部にいたっては、エンディングがチラチラしてくる。

3年生が引退してしまえば、なにも引き継がれなかった1年生は、

部を存続すること自体が重荷となるに違いない。

 

極端な例え話ではあるが、

集団の生命力というのは、案外その数に影響を受ける。

マンパワーでは到底カバーしきれない影響を・・・だ。

 

私個人の感想でしかないが、

町村議会というのはそういった状況に直面しているといえる。

国会議員や県議会議員、大きな市議会議員と比べ、

個々の資質は置いておいて、

集団として個々を引き上げ、

それによって集団全体のレベルアップを図る・・・

といった機能が著しく乏しいように感じられる。

 

このあたりを漠然と打破したいと、

佐久穂町議会で広報編集調査特別委員会委員長以外に、

視察研修特別委員会の委員長に立候補した。

それが、少しずつ形になってきている気がする。

そしてそれを形にしていくことで、

ほんとうの意味での議会改革に触れられるのではないか・・・

と私は勝手に思っている。

 

もちろん、

議会議員たるもの自己の向上を旨とすべきで、

それは自己責任だ!

という意見があるのも承知している。

だが、教育業界にいて、

それが時として強者の理論であったり、

強者の理論であるならまだしも、

強者であろうと見せるための、

他者を下に据えるための詭弁であったり、

弱者が弱者であることの理由に使われたり、

ましてや、

その強者が義務をはたさないための言い訳に使われたり、

そういった場面をたくさん見てきた。

自己責任ほど、強い綺羅びやかな言葉、

かつ危険で他罰傾向に満ちた言葉は他に存在しない。

 

ましてや政治の世界で、

しかも数が少ない町村議会と町村という自治体。

そしてそこに住む我が子達・・・。

まるで先のたとえ話のC部の結末やそれが当たり前の世界を、

我が子達に残すのは気が進まない。

ただそれだけの理由で、

私は佐久穂町議会がより良いものになってくれるための、

活動に陰ながら勤しむつもりだ。

 

本日、佐久穂町議会議員研修会開催

 

 

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