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悪い予感ほどよく当たる?

10月14日に長野県教育委員会に、

小諸養護学校の学びの環境改善を求める要望書を提出。

その内容については前回の記事を見てほしい。

そして、引き続きその機会を利用しての

原山教育長との懇談会が実施された。

その際に、

私がお願いしてきたことについて書く。

 

まず、長野県PTA連合会として

新型コロナウイルスに伴う誹謗中傷等からみんなを守る共同宣言

を行うことをお願いし、そこに参画させてもらった。

私はそのお願いに行ったメンバーの1人だったので、

そのついでというか延長というか・・・のお願い。

 

さらに、

PTAは御存知の通り、

親parentと教員teacherによる子どものための組織。

ところがどうしても教員は公務員であることが多いため、

色々と要望を言えない。

教員がいいづらい要望についても、

PTAがカバーリングしたいという思いもあった。

 

前フリを2つ確認した上で本題に入る。

 

実は、教員というのは基本的にオーバーワークである。

それでも学校が運営されている理由は、

それまで蓄えてきた経験とマイナーチェンジ志向の故。

つまりルーティンワークが教員の忙しさを、

それでも軽減していると私は考えている。

 

ところがだ・・・。

コロナ禍によりその蓄えや志向が全くと行っていいほど、

意味を持たなくなった。

1から2、2から3と発展させる能力について優秀な人は多くても、

0から1を作り出す人、もしくは1から-1を作り出す能力を持っている人は、

そもそも世の中にも少ないに違いない。

教員という職業柄、なおさらその傾向は強い。

そもそもそんなスリリングな人を教員にはできないから。

つまり、

この情勢下で教員の仕事は質的に増えたわけで、

それに余裕をもって対応できる人はそれほど多くないはず。

 

ここでまず問題となるのは、

教員そのもののストレスの肥大化だ。

イライラすること限りないに違いない。

リモートが、運動会が、修学旅行が・・・

そしてこのコロナ禍をきっかけとして、

不登校も増えたのではないかと想像する。

保護者の方もピリピリしている。

そもそも保護者間でこれほど意見が食い違うことはない。

これも、ルーティンワークが壊れた故であると私は思う。

各学校間でもその対応に差異が生じているし、

そんなピリピリの矢面に立たされるのは常に教員だ。

こんななかで普通に教員としての仕事ができるわけがない。

 

人はストレスが溜まってっくると、

ピリピリしだすと、

通常の穏やかな心持ちではいられない。

だから、今このタイミングで私が危険視しているのは、

教員の他者に対する人権侵害。

今どきの言葉でいうと、ハラスメント行為・・・。

 

もちろん、良識ある教員がほとんどであるから、

児童生徒にむかってそれを行う人は少ないとは思う。

むしろそこが抑えられているからこそ出てくるのが、

教員どうしでのハラスメント行為。

もしくは教員の家庭内におけるハラスメント行為。

 

まぁ、これは教育業界に限ったことではない。

どこの企業でも、どこの組織でも、

今だから顕現しやすい危険性であると私は考えている。

ただ、今回は共同宣言のことや原山教育長との懇談だったから、

教員に絞って話をしただけにすぎない。

 

いずれにせよ、

共同宣言で熊谷会長が言ったように、

親の噂話や嫌な態度は子どもがよくよく見ている。

それは親だけでなく教員も同様で、

教員が教員同士にどんな話し方をしているかは、

よくよく子どもたちが見ている。

ハラスメントを受けたと思っている人も辛いだろうが、

ハラスメントを知らず知らずのうちにしてしまって、

しかもそれを子どもたちが凝視し、

あぁあの人間はダメだ!

と思われてしまうことは、

ハラスメントを受けるのと同じぐらい切ないことだ。

 

コロナの話がでてきてから、そろそろ1年がすぎる。

この閉塞感もそろそろ限界にきている気がするし、

それが具体的な事件となって顕現する予感しかしない。

杞憂におわればいいが、

悪い予感ほどあたるのが、自分で自分の最も嫌いなところだ。

 

長野県には学校におけるハラスメントのマニュアルと、

相談窓口としての電話・メールがあるが、

ここ最近、わずかながらその件数が増加しているという話を聞いた。

でも、おそらく

この相談窓口を利用できる心持ちの教員はまだいい・・・

真面目で自分のことをダメだと思いがちな、

他罰傾向のない普通の教員は、

相談窓口など利用することもできないに違いない。

 

学校という教育現場において、

他罰傾向のないごくごく真面目な普通の教員が少しずつ減っていって、

他罰傾向のつよい人ばかりで教員集団が形成されたら、

それはもう、日本の教育の終わりといえるのではないだろうか。

少なくとも私は自分の子どもをそんな状況におきたくはない。

相手を傷つけてマウントをとって自己を成立させるような人に、

私は子どもたちになってほしくないと切に願っている。

 

どうせ誰も読まないブログだ。

もし、教員が奇跡的にこのブログを読んでくれたら、

これは奇跡なんだから、

怒る前に、もう一度、自分自身を、周辺を見直すことをしてほしい。

 

そして、そういったことに歯止めをかけてくれることを、

長野県教育委員会には切に望むのである。

この危機感をわかってくれればいいのだが・・・

荒唐無稽なものはなかなかね。

 

10月全員協議会まであと5日

 

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