2月4日に長男が具合が悪くなって早退。
車で迎えにいって、
帰ってくる途中で「大丈夫か?」
なんて話をしていたら、
長男はおもむろに話を始めた。
なんだろう?って思ったら、
2時間目に保健室に行ったらしいのだが、
その前の1時間目に算数の割合のテストがあったと。
そのテストが終わったあと、
クラスではがっかり感が蔓延したことを教えてくれた。
長男はもう1人別の子
・・・と言っても従兄弟だけど・・・
と、佐久穂学習倶楽部の小5の授業に参加している。
そこで、割合をかなり深く学習していた。
その授業の中で、
小5の割合は実に分かりづらい単元であることを伝えていたので、
それがテスト終了後、
それが直感できる現実的な現象
として見ることができたので、
それを私に伝えてきたわけだ。
もちろん、自分は理解できた・・・
という自画自賛も含まれているのは当然ながら。
おいおい・・・病人じゃないのかよ!
というツッコミは抑えて、
フンフンと聞いていた。
後日、点数を聞いて、
ちょっとしたがっかり感があったのは内緒だが・・・。
割合については中学生はもちろん、
高校受験生でも苦手とする人が多い。
これは私としては小5の割合の学習が、
そのきっかけになってると思っている。
あくまでも個人的な感想だが、
割合学習の中で小数の割り算を使用することが、
この単元をわからなくさせている最大の原因であろう。
昨今、ネット上で学校の先生の採点について、
色々と声が上がっている。
例えば以前ネットで大炎上したのが、
8×7+17=73は✕。
習っていない内容をテストで使ったから✕にされたということらしい。
教員側の気持ちがわからないでもないが、
すごくざっくり言うと、
学校で学習した内容以上は使用してはイケナイとするなら、
長期的にそして極論してみれば、
その教員、つまり自分以上の人材は生まれない・・・
もしくは生まれてほしくない・・・ことになってしまうんじゃ?
と思うわけだ。
器用貧乏の見本みたいな人材が増えることに、
私はメリットを感じない。
話を割合に戻そう。
割合とは、割り算つまり「割」とかけ算つまり「合」のことだ。
だから割り算をしてかけ算をする。
たとえば18%というのは、何かを100で割って18をかけたものだ。
そして割ってかけるというのは分数のかけ算そのものである。
これに対して、おそらく小5の模範的な式は、
27÷0.03=900
となる。
これ、小5にわかるか?
式が思考の過程を示すものだとするならば、
私としては、
27÷3=9 9×100=900
をもっとも優れた正解にしたい。
1%あたりのページを求めて、100%のページ数を求めたに過ぎない。
これが割って合わせるということだ。
だからまさにこれは分数のかけ算である。
27×(100/3)
さっきの2式をひとつの式にまとめると分数のかけ算になる。
まさに27ページを3個に分けた100個分ということだ。
で、これを割り算に置き換えると、
27÷(3/100)
となり、結果、
27÷0.03
となる。
あぁ、やっと模範的な式にもどってきたわ。
いや、今回は割合の話をしたかったようで、
実はそうでもない。
ながながとつらつらとうんちくをたれておいて何を言う!
だが、もちっと大きな思いは、
やりたい・しりたい・まなびたい!
と思っている気持ちに蓋をするのはいかがなものか?
ということと、
そういった思いを伸ばしてあげられる環境を、
できれば大人が用意してあげなきゃなぁって・・・。
まぁようするに、
学校教育以外の教育機会の拡大と充実が、
子どもたちのためにも、
生涯教育の推進のためにも、
町のコミュニティー創生のためにも、
必要なんだろうという再確認。
視察研修まであと6日
コメント
おつかれです。
8×7+17=53が×のこたえは73ですか❓
どう計算したら53になるか教えて下さい。
すみません。間違いです。
53→73です。訂正しました。
・・・そりゃ✕ですね。
実はこのツイッターでの騒動?は、
かけ算をまだ習っていないから✕というものでした。
8×7+17で検索すると詳細というか、色々と意見が見られます。
指摘していただきありがとうございました。