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ウクライナとロシアと善悪と!

御存知の通り、

ロシアがウクライナに侵攻した。

ウクライナの内部がどのような状態であるのか、

また、そこにロシアがどのような正義を抱いたのか・・・。

あくまで報道で聞く限りの理解しかしていないので、

正確な判断ができる自信はない。

ただ、以前も書いたとおり、

ウクライナには命の危機を強要されなければならない人は、

そう多くはないはずだ。

 

今回この話をするのは実は私自身の戒めでもある。

私はかんたんにウクライナとロシアという言葉を用いた。

そのままの印象でいくと、

ロシアは加害者で、ウクライナは被害者ということになるのだが、

ウクライナはともかく、

ロシアという言葉には最新の注意を払いたい。

加害者であるのは、おそらくロシアという国家であって、

ロシア国民でもロシア人でも、

ましてやロシアと関わりが強い人でもない!

 

確かにロシア国民は、

今回の判断を下したウラジミール・プーチンを

国家元首にした責任はあるのかもしれない。

でも、それは日本人とて同じようなリスクを持っていて、

ロシア国民に対し優越的な立場でそれを主張するようなことは、

私にはとてもできない。

明日は我が身であるのだから・・・。

ましてや、一個人のロシアの人が、

ロシアの国政の責任を一身に負うことを強要されるのだって、

かなり理不尽なことであると言わねばならぬ。

 

しかし、人というのは、

良くも悪くも、

正義を使命感として感じると、

そこに正義があると信じるだけで、

そこで行われる行動も正義であると過信してしまう傾向がある・・・

と、私は思っている。

そして、私はそんな日本人のひとりなのだ。

 

改めて考えるに、

そこに存在するのは善と悪という価値観というよりは、

理不尽を被って命や権利の危機にさらされている人へ、

救済の思いや手を差し伸べることが大事なのだと考える。

ロシアの国家を非難することはあっても、

差し伸べるべき手は、

ウクライナの人々はもちろんのこと、

ロシアの中に住む、この状況を苦々しく思っている人や、

勇気を出して国家の過ちを訴える人にも

届けなければならないのではないか。

 

そんな簡単なことも忘れてしまって、

自分の正義感を自己満足の材料にしているような行動を、

我々はとっていないだろうか?

一般のロシアに関わる方々を個人として非難するとか、

ましてやそれにとどまらず、迫害をするようなことを、

我々はしていないだろうか?

子どもたちがそういう単純な思考に陥ってしまいがちなところを、

私達、大人はそれを止める事ができているだろうか?

 

明日、一般質問1日目

 

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