気がつけば令和6年がスタート。
年末年始は珍しく名古屋に帰省した。
1月1日。
名古屋も今までにあまり感じたことのないほど、
揺れた。
能登での地震で・・・である。
佐久穂も揺れたとのこと。
あの揺れを体感したら、
現地はどれほどのことだったであろうと思う。
また、引き続き悲惨な事故のニュースも入った。
旅客機と海上保安庁機との衝突事故。
こちらも衝撃的な映像が流れた。
奇跡的にも旅客機の乗員には死者が出なかったという。
海上保安庁機の乗員の死は残念だが、
それでも事故による生存者が多いと思える状況で、
それはそれで素直に喜びたいところだ。
いずれにせよ、
亡くなられた皆さまに哀悼の意を表すとともに、
震災や自己にみまわれた方々に、
お見舞いを申し上げる。
我々が遠巻きでできることは限られている。
むしろ直接的に何かができるわけではない。
その瞬間瞬間でできることなど、本当にたかが知れている。
不謹慎な言い方かもしれないが、
テスト直前にあせって勉強をするのと似ている。
やらないよりはやったほうがマシだが、
それよりも事前になにかできたことがあったのではないか?
これからそういう教訓を活かした何かができるのではないか?
と、素直にシンプルに考えたい。
だからこそ、日常の活動が大きな意味を持つ。
政府や地方自治体がスピーディーに動けるための日常。
被災地を救援できる力を持つ自衛隊への政治的な援助と、
そのための世論形成。
防災施設や制度、備蓄などの確認や予算編成。
そしてそれを用意にするためには、
経済的な余裕
・・・家計も企業も地方自治体も国も・・・が、必要。
そしてその経済的余裕ができれば、
新しい技術への投資も余裕ができるに違いない。
今の資本主義社会においてはそういうことだろうと思う。
本日、広報特別委員会
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