6月17日も引き続き、
総務文教常任委員会の委員会審査が行われた。
午前中は総務課所管分を、
午後は生涯学習課およびこども課所管分を審査。
結論から言うと前案件、全員賛成で、
委員会として可決すべきものと決した。
ここでちょっと、予算について考えたい。
補正予算の審議をしてきてずっと気になってきている違和感に、
最近気がついたからだ。
それは、役場職員の予算に関する感覚と、
私のような一般住民の感覚とには、
ズレがあるということである。
これは善悪の問題ではなく、
仕組みの問題だと言わざるをえない。
まず、一般的な住民の・・・
いわゆる普通の家庭のイメージをおさらい。
生活をしていく中で、
何らかのお金が必要なことが起こると、
それが、将来のためであれ、現状の復旧のためであれ、
おおよそいくらぐらい掛かるかを試算した上で、
そこに家計の一部を割いてお金を使う。
このときにはすでにお金は使う金額がほぼほぼ決まっている。
なぜならばするべきことが、
ほぼほぼ明確になっているからだ。
車を新調する・・・など、
そこには具体的にどうやってお金を使うかが見えている。
簡単に言うと必要が生じたら必要なお金を家計から出して、
それで残った分は貯蓄などに回る・・・という形。
ところがいわゆる単年度会計の予算というものは、
はじめに総額がほぼほぼ決まっていて・・・
そりゃそうだ入ってくる金額がある程度決まっているわけだから・・・
そのお金というケーキを切り分けてそれぞれの担当に分配する。
その際、
どういうことに効果的にお金を使うのか、
というビジョンをアピールしてすり合わせて切り分けを行う。
だから、絶対的に必要なお金は振り分けるのは別にして、
今年度、実現していきたいビジョンについて
お金を振り分けるというところが、
家計感覚の住民が理解しているお金の感覚と大きく違うところだ。
違和感を感じてもらうために例え話をする。
たとえば、先に上げた車の新調の例でいうと、
家族のみんなが楽に移動できるように移動手段を見直す・・・
というビジョンに、
家計から500万円が父に渡されるような感じだろうか。
普通の家計であれば、
そんなざっくりじゃなくて、
必要な金額がはっきりしたら請求してよ!
と家族みんなが父に言うだろう。
でも、予算というものは、
先にもケーキの話をした通り、そうではないらしい。
その感覚の違いがおそらく予算審査をしていての
違和感の正体だったのだろうと思う。
だから、地方自治や国では、
まず、お金を確保を成立させて、
そこから具体的にいくらどうやって使っていくのか・・・の
具体的内容が検討されて決まっていくということになる。
そういうのが予算というものだ!
と当たり前と思っている行政側に対し、
どうやるの?という普通の人の素朴な疑問が、
ウザく思えてしまうのは仕方がないのかもしれない。
ただ、私はウザがられようが、住民の代表であるという立場もある。
ウザがられようが、
あ~ぁ、議員のくせにわかってねぇなぁ・・・とか思われようが、
そんなことは気にせず、
委員会審査では素朴な住民目線の違和感をぶつけ、
その説明責任を果たしてもらうように、
しなければならないと思っている。
6月定例会採決閉会まであと2日

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