引き続き、
次男・三男の新聞作成宿題にともなう輪中の話。
ちなみに妻はずっと違和感を感じていたようだ。
いつもの景色と違いすぎるから・・・らしい。

ちなみに揖斐川と堤防道路と民家の写真。
まず、川の水が川幅いっぱいに・・・まさに満水の状態に対して、
違和感があるらしい。
私はそうでもないが、長野県民からしたら水がたゆたっている河川など、
当然ながら見たことがないに違いない。
また、写真でわかるとは思うが、
民家が水面よりも低い!
ということ自体、恐怖でしかないと思われる。
途中、この地域でコンビニによったときに、
バイトの高校生の男女に、
洪水などの水害に関して日頃気をつけていることはあるか?
という質問を気軽にしてみた。
高校生の答えはとってもシンプル。
堤防が決壊したら、それこそ全て終わりなんで!
なるほど、その地域の覚悟ということなんだろう。
備えることはあっても、
恐怖しても仕方がない・・・といったところか。
仕方がない・・・とはいうものの、
現実として洪水に見舞われればひとたまりもない。
歴史資料館に過去の写真があったので載せておく。

この現実を、自分なら受け止められるだろうか?
いや、無理だろう・・・とは、とても私には言えない。
なぜなら、こういう地域であったとしても、
そこから離れずに自然と共存していく道を、
模索しつづけている人がたくさんいるのだから。
新しい所へ移ったところで、
今より良いかと言われるとそんな保証はどこにもないし・・・。
ある意味、
今ある環境に適応して生きるか、
新しい未知の環境を求めて生きる道を探るか・・・
これは、ヒトという動物が繰り返し行ってきた選択なのだろう。
さて、岐阜県海津市には、
妻のような長野県民にとって、
あまりにも違和感のある世界が広がっているわけだが、
そもそも岐阜県は長野県と同じで海なし県ということを、
忘れてはいけない。
海なし県なのに、海抜0m地帯である輪中があって、
洪水被害と歩んできた歴史を持っていることは、
なんとも不思議な感じである。
実際に地図を見てもらえばわかるが、
海津市は、岐阜県といえども海岸線までとても近いところにある。
なんなら、
木曽三川自体がもう海なのではないかとすら思う。
潮の干満によって水位がかわる地域であることからも、
けっして大げさな表現ではないだろう。
この干満についてのお話はまた別の記事にて・・・。
9月定例会開会まであと9日

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